2020年05月15日

Contents このブログには、こんなことが書かれています。

uchidaillushireso.jpg
〔目次〕黒ハートか掲載日(深緑色の部分)をクリックすると、その記事を読むことができます。

1)私が、このブログを始めた理由
 ◆立石ブームは突然炎のごとく 黒ハート

2)立石の飲食店
 ◆モツ焼き「宇ち多゛」
  本日も盛況なり
(2008年4月22日)
 ◆朝から飲める街=立石と、ホッピーの話(2008年4月25日)
 ◆私の好きな店TOP5、第1位「栄寿司」(2008年4月26日)
 ◆私の好きな店TOP5、第2位「鳥房」(2008年4月27日)
 ◆私の好きな店TOP5、第3位「光陽楼」(2008年4月29日)
 ◆私の好きな店TOP5、第4位「ミツワ」(2008年4月30日)
 ◆私の好きな店TOP5、第5位「まりも」(2008年5月14日)
 ◆立石三代、創業大正13年、和食「魚つぐ」(2009年6月9日)
 ◆立石ではじめて明瞭会計方式を取り入れた「三松寿司」(2008年6月2日)
 ◆「呑んべ横丁」で安心して入れる店、「おでんや」(2008年8月31日)
 ◆大将は一心太助、寿司屋の「江戸安」(2008年9月3日)
 ◆1970年代風イタリアンの「チロル」(2008年9月4日)
 ◆真っ当な大衆酒場「三富」(現あおば)(2009年10月22日)
 「ミツワ」再訪、2009春(2009年3月30日)
 「栄寿司」再訪、2009春(2009年4月3日)
 ◆「光陽楼」再訪、2009春(2009年4月4日)
 ◆「おでんや」再訪、2009春(2009年4月18日)
 ◆「宇ち多゛」は「味の友愛」by 鳩山由紀夫2010年1月13日)
 ◆月刊誌「Engine」(新潮社)に書いた「東京モツラン2010」ーー「ミツワ」
  (2010年9月5日)

3)立石のその他の店

 ◆家人の大好物は、「愛知屋」メンチカツ(2008年5月17日)
 ◆手を上げれば、温泉行き。東京天然温泉 古代の湯(2009年4月15日) 
 ◆葛飾の技を展示即売、「葛飾区伝統産業館」(2008年9月1日)
 「呑んべ横丁」から徒歩3分、
銭湯「アクア ドルフィン」(2009年10月19日)
 立石のオールドディズがわかる
「おおうら薬局」の壁面写真館 黒ハート

4)立石の商店街
 ◆キモは立石仲見世商店街(2008年4月19日)
 ◆映画『間宮兄弟』のロケ地になった立石駅通り商店街(2008年4月24日)
 ◆終戦直後の娼婦が現れそうな「呑んべ横丁」(2008年8月30日)
 ◆「呑んべ横丁」赤線だったのか?(2008年9月9日)
 ◆「呑んべ横丁」『黒部の太陽』(主演・香取慎吾)にも登場(2009年12月8日)
 ◆「呑んべ横丁」『東京新聞』に掲載される(2010年1月13日)

5)立石にまつわる映画
 ◆ブームの原動力となった映画『間宮兄弟』(2008年4月23日)

6)立石にまつわる本
 仲見世商店街が表紙に描かれた単行本(2008年4月20日)
 ◆「ひとりモツ焼き」常連女子による『悶々ホルモン』(2010年4月8日)
 ◆雨中奥戸橋の眺望画のごとし永井荷風(2008年4月21日)
 ◆戦中と米軍占領期、立石には「慰安所」があった(2008年9月5日)
 ◆立石北口、『赤線跡を歩く』(2009年4月10日)
 『綴方教室』の舞台は、葛飾区立本田小学校(2008年9月11日)
 ◆座談の名手、小沢昭一が訪ねたコンドーム発祥の地、東立石(2008年9月17日)

7)立石の再開発計画
 鳥房
が消える? 進行中の京成立石駅、鉄道立体化計画(2008年5月19日)
 仲見世商店街もなくなっちゃうの?(2008年5月24日)
 ◆東立石4丁目、「防災街区整備地区計画」(2008年9月13日)
 駅前の青写真は、デキそこないの六本木ヒルズみたい(2009年4月6日)
 ◆東立石4丁目、道路拡張計画、2009年2月の説明会(2009年4月9日)

8)立石のその他
 ◆立石赤線「何もかも東京大空襲から始まった」(2009年4月14日
 ◆立石駅員一同からのイケてる猛暑見舞い(2008年8月28日)
 ◆11月16日、「呑んべ横丁祭り」開催!(2008年9月12日)
 ◆大盛況だった「呑んべ横丁祭り」(2009年10月20日)
 ◆立石の賃貸情報・ワンルームは5万円前後から(2008年9月15日)
 ◆地名の起こり「立石様」は、とっても小さな石だった(2009年12月11日)
 チタリングスの謎(2010年9月25日)
 ◆本場の「トリッパ」を食べた!(2011年2月2日)



9)番外編
 ◆「悶絶歯根膜炎」は、以下のサイトに引っ越しいたしました。
 http://shikonmakuen.seesaa.net/

↑の画は、森英二郎氏が描いた「立石仲見世商店街」(2008年4月20日記事参照)。
うちの仕事場に飾ってあります。
*過去に書かれた記事でも、随時最新情報を更新しています。





posted by 柳田由紀子 at 18:32| 東京 晴れ| Comment(2) | TrackBack(0) | 目次 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月22日

立石のオールドディズがわかる「おおうら薬局」の壁面写真館

立石 おおうら薬局1.JPG 近頃では行列のできる飲食店が並ぶ立石仲見世。でも、仲見世で賑やかなのは駅に近い半分で、小さな十字路を越えた辺りから徐々に人通りが減ります。「おおうら薬局」は、そんな一角にある薬屋さんです。
 おおうら薬局の看板下には、オールドディズ、かつての立石のモノクロ写真が数十枚飾られています。戦中、集団疎開に出発する立石の児童たち、まだ澄んでいた中川で釣りに興じる人々、木造平屋だった立石駅……。立石 おおうら薬局2.JPG私が特に好きなのは「雪の立石駅」の写真です。とても文学的で、『綴方教室』が書かれた頃の駅かしらとか、この日、ホームを乗り降りした人たちはどんな一日を過ごしたのだろうなど、様々想像がかき立てられます。
 写真は外に掲げられているので、薬局が閉まっていても見られます。

→おおうら薬局 
住所:〒124-0012 葛飾区立石1-17-11
電話:03-3695-6939

posted by 柳田由紀子 at 10:09| 東京 曇り| Comment(1) | TrackBack(0) | その他の店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月02日

本場の「トリッパ」を食べた!

トリッパ.jpg 立石とは関係ないのですが、モツ好きな私は、「チタリングス(Chitterlings)」(アメリカ黒人の伝統料理=ソウルフード)に続いて、イタリアで本場の「トリッパ」を食べて来ました。右の写真がそれですが、申し訳ない、意地汚くも長距離列車の中で食べたので、ブレております……。
 
 「トリッパ」に関しては、以下のサイトに掲載したのですが、アクセスできないと寂しいので、念のためにここに貼り付けます。

 www.yukikoyanagida.com

 トリッパ3.jpgピエトラサンタは、食べ物が本当においしい。海岸沿いのシーフード・レストラン、歴史地区の居酒屋、そして、布のテーブルクロスが敷かれているような高級レストラン……どこも、新鮮な食材を活かした地の味を供してくれました。
 私が通いつめたのは、ドーモ広場の入口にある「Il Gatto Nero」というお店(左の写真。ドーモ門の左側)。リゾット(イタリアのリゾットは相当アルデンテです)、ラムのロースト、オッソブロッコ(仔牛の煮込み)、そして「トリッパ」。注文したメニューはすべて、感動的なまでにおいしかったです。

 モツ好きな私は、イタリアで本場のトリッパを食すのを楽しみにしていました。トリッパとは、牛の胃袋を、トマト、ワイン、ニンニク、ハーブなどで煮込んだもので、ピエトラサンタのある北イタリアの郷土料理です。
 ところで、牛には、ハチノス、センマイ、ミノ、ギアラと、4つの胃があります。東京の小洒落たイタリア料理店で食べた時は(そういえば、アメリカではまだトリッパを食べたことがありません。アメリカ人は、一般にモツを食べないのでイタリア料理店にメニューがないのです。マンハッタンの高級店ならあるのでしょうか?)、ハチノスだけを使用していましたが、「Il Gatto Nero」のトリッパには、少なくともハチノス、センマイ、ミノの3種類が入っていました。ギアラは入っていなかったように思います。
 ハチノス、センマイ、ミノ、それぞれの胃袋の食感を比較しつつ食べられたのがうれしかったですね。それから、切り身が大きかったので豪快な感じもしました。日本でトリッパを出すレストランは総じて高級店ですから、トリッパもちょっと気取って上品です。でも、本場にあっては、もっと剛胆な食べ方をされているという気がしました。ま、所詮はモツ煮ですからね。

トリッパ1.jpg 量がとても多かったので、持ち帰りをお願いし、翌日、東に向かう長距離列車の中で赤ワインを飲みつつ食べました。写真(上)がブレているのはそのせいです。さらに言うと、「Il Gatto Nero」の店内写真(右)もブレていますが、これはキャンティ・クラシコを飲み過ぎたせいです……。
 冷えたトリッパは、さすがにたいしておいしくなかったけれど、それでも食べ切ったのは、余分な脂肪分や汚れをきちんと取り去って煮込んでいるので、モツの臭みがなかった故でしょう。そのあたりにも、イタリア人の腕の確かさを感じました。




Il Gatto Nero
Piazza Carducci 32, Pietrasanta, Lu, Italy
Phone: 0584-70135
予算:毎晩さんざ飲んで食べて、ひとり35ユーロ程度。
posted by 柳田由紀子 at 17:21| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 立石のその他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

チタリングス(黒人たちのモツ煮)の謎

Chitterlings_011.jpg 立石とは関係ないのですが、モツ好きな私は、過日、アメリカ黒人の伝統料理(ソウルフード「チタリングス(Chitterlings)」を初めて食べました。もちろん胸を躍らせながら。
 ところが……。
 
 詳細は、以下のサイトに書いたのですが、念のためにここにも貼り付けておきますね。

 www.yukikoyanagida.com

  まずかった〜、「チタリングス」……。あれが、本来の味なのか? それとも、あの店が特別にまずかったのか??

 チタリングス(Chitterlings)は、豚の腸の煮込み。「ソウルフード」と呼ばれる黒人料理の一種です。かつて、黒人たちが奴隷だった時代、彼らは、豚の内臓や豚足、ナマズなど、主人が使わない(あるいは捨てた)食材を調理していたといいます。そうした料理をソウルフードと呼び、ナマズの揚げ物(catfish fry)やチタリングスはその代表的なメニューです。
 黒人たちを撮り続けたフォト・ジャーナリスト、吉田ルイ子氏の『ハーレムの熱い日々』(講談社文庫)もチタリングスに言及しています。
「ちょっとからくて歯ごたえがあり、日本人の酒の肴にはもってこいの食べ物だ。」

 ふむ。
 私は、とにかくモツ(内臓)が大好きで、特に腸(ホルモンとかシロと呼ばれる部位)に目がありません。だから、長い間、チタリングスを食べる日を夢見ていました。ところが、ロサンゼルス周辺のどのソウルフード店に行っても、
チタリングス? 昔はやっていたんだけどねぇ……」の答え。
 私はもう意地になって、「どこかやってそうな店を知りませんか?」と、店から店へと辿り歩きました。そうして、ある店から「ここになけりゃ、あきらめな」と紹介されたのが、スラム街ワッツ地区にある一軒でした。
 でも、電話をしたところ、この店も、
チタリングスを作る日は決めていない。あれは、手間のかかる料理だからさぁ」

Chitterlings_2.jpg 以来、週に一度は電話で確認。ついに、ある日「今日はあるよ」と言われ、小躍りしてワッツまで出かけたのです。
 店に入ると、
「あんたね、毎週電話してきたのは!」
 と、でっぷりと太った黒人のおばさんがガハハと笑いました。歓迎ムードにますます胸がふくらみます。
 ところがーー。
 目の前に出されたチタリングスを見て、胸のふくらみは一気に萎みました。内臓料理の真髄は、鮮度と下ごしらえにあると私は思います。だのに、だのにーーこの腸、一見して古い。だから匂いがきつい。トマトや香辛料と一緒に煮込んだというけれど、漂ってくるのはモツの強烈な臭みのみ。モツ自体は柔らかかったのですが、それは「じっくり煮込んだから」というより、コリコリ感の抜けた古いモツを使ったからだと察します。
「酢やチリソースをかけると、おいしいわよ」と、おばさんが教えてくれたので試したものの、それもムダでした。こんもりと盛られた目の前のチタリングスは、一向に減らないのでした……。

 あれから半日。今でも、自分の身体が内臓臭さを発っしているのがわかります。強烈。チタリングスとは、元来あのようなものなのでしょうか? 謎が深まります……。

訪ねたお店はJordans Cafe。危険な地域なので、明るいうちに出かけましょう。
Jordans cafeに関する他の情報
photo by Yoji Abe, Redondo Beach, Califronia




posted by 柳田由紀子 at 15:36| 東京 曇り| Comment(5) | TrackBack(0) | 立石のその他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

月刊誌「Engine」(新潮社)に書いた「モツラン・ガイド2010」−−「ミツワ」

女はモツ.jpg「Engine」は、私がいつも寄稿している新潮社の月刊誌です。実は、新潮社時代、最後に配属された編集部もここでした。よく言えばイサム・ノグチ、へたすっと「アトムのお茶の水博士」に似た鈴木正文氏が編集長の雑誌です。
 ある日、その「Engine」から
「モツ女、ヤナギダが薦める東京のモツ屋を選べ!」
 との指令。
 そこで、私は、「豚、牛、鳥」のモツがおいしいお店を各1店ずつ選びました。もちろん、豚は「ミツワ」です。
 ちなみに、牛は浅草「幸福」、鳥は白金「酉玉」を紹介しました。

 ミツワさんに取材依頼にうかがうと、
「うちはさぁ、普通のことやってるだけなんだよ。取材なんて、大げさなことはやめてくれよ」
 と、おにいさん。
 おかあさんも、
「こんな垢抜けた雑誌に載るような店じゃないのよ」
 と、「Engine」をひと目見るなり笑っていました。

 ただでさえ忙しいお店なのに、取材するのは大変はばかられたのですが、わがままをきいていただきました。
 ミツワ・ファンのみなさん、ご迷惑をおかけしますがお許しください。でも、今後は、「Engine」読者のべっぴんさんが増えると思うので勘弁してね。






posted by 柳田由紀子 at 02:11| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 飲食店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

「ひとりモツ焼き」常連女子による『悶々ホルモン』

悶々ホルモンロー.jpg 立石にまつわる本って、良書だけど地味か、過去のベストセラーか、このどちらかってのが相場でした。しかし、やっと登場しました。堂々の売れ筋本、『悶々ホルモン』(佐藤和歌子著、新潮社、1300円)。
 著者の佐藤和歌子さん(29歳)は、「焼き肉はひとりがいちばん」と説きます。私もたぶんに同感です。だって、焼き肉(特に、赤みじゃなくてホルモン類)こそ、自分のペースで、自分好みの焼き具合で食べたいもん。
 ところで、私は元来「おひとりさま」で、ラーメン屋には小学校低学年から、寿司屋と焼き肉屋、モツ焼き屋には、22歳で就職すると同時に「おひとり」デビューしています。しかし、そんな私でも、これまでかなり敷居が高かったのが「ひとりモツ焼き」。なぜって、他のお客さんたち(主にオヤジ)が、「ひとりホルモン」する私に、どことなく気を遣っているのがわかったからです。
 ところが、今年、ハッキリと変化を感じました。モツ焼き屋にひとりで入っても、誰も私に気を止める風もなし。私がオヤジ化しただけのことか? いやいや、これは『悶々ホルモン』効果でしょう。この本のおかげで、ひとりモツ焼き&焼き肉する女が増えた、ないし、認知されたのではないか、と拝察します。
 私事ながら、私の半生はオヤジ・イメージとの闘いでした。自分でもオヤジだと自覚はしているのですが、それでは世間が許さなかったから、なんとかオヤジ的側面を他人に見せまいと努めてきた。だけど、本書を読んで認識が変わりました。今の20代ホルモンヌに較べれば、私など、オヤジの末席に名を連ねることさえ憚られます。知らないうちに、あの娘もこの娘も、私(46歳)を遥かに越えた真性オヤジになっていたのね。
 二十の年齢差の重みと深さを痛感するとともに、これで、人生がだいぶ楽になったよ。
 さて、『悶々ホルモン』が紹介する立石の飲食店は2軒。「宇ち多”」「江戸っ子」です。本書には、他に関西、福岡、神奈川方面におけるホルモンの名店が紹介されています。それだけでも極めて貴重なガイドブックなのですが、何より著者のホルモン好きが素直に伝わる文章で、読んでいるこちらも幸せになりました。
 私自身は、豚の内臓なら立石「ミツワ」、牛のそれなら浅草「金楽」。この2軒さえあれば、それでハッピーなのですが、しかし、『悶々ホルモン』を読んで、一軒だけどうしても行きたい店が出現しました。浅草「きみまつ」。以下に一部引用。
「一品一品のレベルが異常に高い。豚のキンタマ食わせるくせに、品がよくて、敷居が低い。油断させといて、いつの間にかヤバイ世界に連れていく感じ」
 うーん、読んでいるだけで悶々する。なれど、ロサンゼルスから浅草はあまりに遠し。
 あぁ、『悶々ホルモン』、出国前に日本で読んでおくべきだった……。

→「ミツワ」2008年4月30日の項、参照




posted by 柳田由紀子 at 20:53| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月13日

「呑んべ横丁」、『東京新聞』に掲載される

nonbenikaiakasenfuu.jpg 2010年1月3日、「呑んべ横丁」に関する記事が『東京新聞』に掲載されました。
 横丁の歴史や2008年に開催された「呑んべ横丁祭り」、ママさんの話などが紹介されています。
 タイトルは、「ど根性横丁ものがたり 呑んべ横丁(立石)消えゆくネオン記憶に」

 記事は↓で読んでくださいね。

posted by 柳田由紀子 at 11:51| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 商店街 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『宇ち多゛』は「味の友愛」by 鳩山由紀夫

立石鳩山.jpg「週刊新潮」2009年12月24日号のよれば、鳩山由紀夫総理が仙石由人・行政刷新担当相や落語家の立川談四楼師匠と、「宇ち多゛」を訪問し一杯やったそうです。
 いわくーー、
「この日、12日の総理は現場視察と称し、工場や福祉施設などを回ったのです。まあ、体のいいPR活動ですが、その最後に商店街の視察ということで、この立石にやってきたのです」(政治部記者)。
 同誌には、「(官房副長官の)松井(孝治)さんは以前からのお客さんでしてね、仙石さんも、蓮舫さんたちといらっしゃったことがありますよ」という「宇ち多゛」のコメントも紹介されています。

立石鳩山2.jpg「週刊新潮」は続けます。 
「(総理は)こんな言葉を店に書き残していった。
 《これぞ 味の友愛》
 昨今の混乱を見るに、つくづく脳天気な我が国の総理であった。」
 私の感想は……慎みたいと存じます。
posted by 柳田由紀子 at 11:39| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 飲食店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月11日

地名の起こり「立石様」は、とっても小さな石だった

立石様.jpg「へ?」――私と母は、思わず顔を見合わせました。立石の地名の起源といわれる石、「立石様」を、「立石稲荷神社(立石祠)」に親子で初めて訪ねた今春のことです。
 立石と隣駅、青砥の間、くねくねと狭い路地が続く住宅密集地の一角に、立石稲荷神社はありました。敷地内には滑り台もあり、神社と公園を合体したような趣です。
 そんな神社の鳥居をくぐって進んで行くと、石で作られた小さなちいさな鳥居があり、その奥に、囲いに守られて何かが祀られています。
「そうか、この中に立石様が鎮座しているのね」……と、思ったのですが、囲いの中をのぞいても、目に映るのは、地表にほんの少しだけ頭を出したなんの変哲もない石。
 うん? こ、これは……。母も私も、ある程度高さのある石を想像していただけに、「へ?」以外の言葉が出てこないのでした。

立石様全景.jpg さて、ここで神社に立っている説明板を引用してみましょう。

 葛飾区指定史跡 立石
 所在地 立石八丁目37番17号
 指定年月日 昭和51年3月6日

 古くから「立石様」とよばれ地名の起こりとなったものです。
 室町時代の文献、応永5年(1398)の『下総国葛西御厨注文』をみると、すでに立石の地名が出ています。江戸時代になると『江戸名所図会』『新編武蔵風土紀稿』にも奇石として紹介されています。
 地元の人々の崇敬と畏怖を集め、文化2年(1805)村の名主島田新右衛門らがこの地に石祠をたて、立石稲荷神社としてお祀りしました。
 この石が古墳の石材の一部であるか、巨石信仰の一種なのか確かな用途はまだわかっていません。しかし、この付近にいくつかの古墳が築かれていたことは、発掘によって確認されています。
 葛飾区教育委員会


 ふーむ、立石様は少なくとも江戸時代から崇められていたんですね。昔の記述に、立石様=「牛が伏せているような形」という表現があるようですが、そうとも見えるし、そうでないとも言える……。だって、本当に小さな“路傍の石”風の石なんです。どうして、この石がそんなに大事なの? 謎が深まります。

立石様アップ.jpg それで、ちょっと調べてみた結果が以下です。

 立石様は、
*奈良、平安時代、道しるべとして使われていたらしい。
『江戸名所図会』に描かれた立石様は、現状よりずっと大きい。
* 江戸時代に採掘が試されたが、疫病が流行り中止。以来、奉ることになった。
* お守りとして、人々が立石様を砕いて身に着けたり(日清日露戦争時には、弾よけのお守りとして珍重されたとか)、地盤沈下したために、だんだんと石が小さくなった。
立石様の周辺から、埴輪片などが発掘されており、また、立石様が古墳に用いられた「房州石」(千葉県鋸山付近でのみ採掘される)であることから、近年、「立石様=古墳の石室、天井部分の一部(したがって中は空洞)が地上にあらわれたもの」との説が有力。

 とすると、立石様の下に、古墳が眠っているのでしょうか? なんだかちょっとロマンチックな話です。できることなら、その古墳の中に「ミツワの白タレ」(2008年4月30日参照)をお供えしたい。きっと、立石様も喜んでくれるよ。

 なお、お終いに、立石様がらみの話題をもう2つ。
1) 京成立石駅には、下りホームの端に立石様コーナーがあります。
2) 立石の起源=立石様には異説も。『新編武蔵風土紀稿』には、「立石とは、熊野神社の神体である石剣」という内容が記されている由。そうなると、立石の起源は立石様でなく、この剣ということになります。

□立石様
住所:葛飾区立石8-37-17

参考文献






posted by 柳田由紀子 at 11:16| 東京 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | 立石のその他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

「呑んべ横丁」、『黒部の太陽』(主演・香取慎吾)にも登場

呑んべ「姫」.jpg 香取慎吾主演のテレビドラマ、『黒部の太陽』を見ていたら、「呑んべ横丁」が出てきました。おお! 戦後高度成長期の雰囲気を色濃く残す(「色濃く」というより、「どぎつく」と表現した方がいいかも)「呑んべ横丁」ですから、ロケにはぴったりですね。そういえば、以前、四国の友人を「呑んべ横丁」に連れて行ったところ、「なんだか、映画スタジオみたいだなあ」と唖然としていましたっけ。それにしても、香取慎吾も来たんですね、「呑んべ横丁」に。



posted by 柳田由紀子 at 13:54| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 商店街 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする