2012年11月18日

終戦直後の娼婦が現れそうな「呑んべ横丁」

呑んべ横丁/しらかわ.JPG 
 京成立石駅の北口、線路沿いを駅から青戸寄りに2、3分歩くと、終戦直後の荒廃した日本が舞台の映画『肉体の門』の娼婦たちが、今にも登場しそうな路地が現れます。人がすれ違えば、それだけでいっぱいになってしまうほど狭い路地の両脇には、2階建ての飲み屋が連なっている(約300坪に長屋4棟)。アーケードではないので天井はありませんが、道幅が狭いので2階の軒がぶつかり合って、昼間でも、この路地に日が射すことはめったにありません。

呑んべ横丁 門.jpg
illustration/山崎まどか

 ちょっと新宿のゴールデン街に似ているような、いや、ゴールデン街より、もっとノワールに置き去りにされた感じ。
 ここが、立石の呑んべ横丁です。
 呑んべ横丁には、20軒ほどの飲み屋がありますが、建物同様、ママたちもかなり老朽化しているので、開店休業の店も多い。

 呑んべ横丁は、昭和29年に作られました。現在は、カラオケバーや飲み屋が連なる呑んべ横丁ですが、当初は、「立石デパート」と呼ばれ、用品店やカバン屋、糸屋、それに寿司屋やお好み焼き屋が並ぶ一般の商店街だったといいます(開発建設は、雨ガッパ他の工場経営者、故徳田伊之助氏)。

呑んべ横丁/姫.JPG

 実際、私も子どもの頃、母に連れられて、「味福」という中華屋さんに行ったおぼえがあります。母は、この店の焼きそばが好きでした。つまり、母と子が行っても奇妙に映らない、健全な雰囲気がかつての呑んべ横丁にはあったのです。

 それが次第に、夜の濃度いっぱいの一郭になり(最盛期約40軒)、現在は地元の者でも、足を踏み入れるのを躊躇してしまう威圧感のある夜の街になりました。以前放映された「アド街ック天国 京成立石編」でも、立石にジムのある、ボクシングの内藤大助選手が、「僕だって怖くて入りにくい」と言っていました。

 ところで、立石駅再開発計画にしたがえば、呑んべ横丁も近い将来、取り壊されてしまうさだめにあります。

呑んべ横丁/あかかんばん.JPG

 ある日、私は、昼間のひっそりとした呑んべ横丁を歩いてみました。
「なくなっちゃうのかな……」
 いささか感傷的になって上を見上げると、戦後のガード下を彷彿させるコンクリート壁に、昭和三十年代風の書体で「アカカンバン」と書かれた赤くかすれた字が見えました。アカカンバンは、かつて立石駅通り商店街にあった呉服屋さんです。この店も、数年前に店じまいし、今では大手ビデオチェーンがその場所で営業しています。


posted by 柳田由紀子 at 23:18| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 商店街 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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タイムスリップ昭和 京成立石ぶらぶら 昭和歴史遺産認定っ! 呑んべ横丁
Excerpt:   [[img(http://album.yahoo.co.jp/image/3174073/,321,480)]]  京成立石駅を出て、立石駅通りからSEGAのゲームセンター..
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