2012年11月19日

立石北口、『赤線跡を歩く』

「公娼制度の廃止に伴い、戦後間もない昭和21年頃から形成された赤線地帯。(中略)戦後の都市空間を彩った建築物とわずかに残る街並みを記録した貴重な写真集。」
『赤線跡を歩くーー消えゆく夢の街を訪ねて』(木村聡著、ちくま文庫、950円)、裏表紙からの引用です。
 この本には、東京=16カ所、関東=21カ所、関西=6カ所の元赤線地帯が、写真入りで掲載されています。写真集とはいえ、文庫版なのでハンディで、リーゾナブルな価格なのがありがたい。


 その東京16カ所中のひとつとして紹介されているのが、立石北口。場所をもう少し詳しく記せば、「立石駅通り商店街北口。唐揚げで知られる『鳥房』の前にある交番裏の一帯」です。
 やはり、立石赤線はあったのですね。




『赤線跡を歩く』によれば、立石の赤線は、「亀戸で罹災した業者が移転してできたシマで、戦時中の昭和二十年六月に民家を改装して営業が開始された」とのこと。
赤線地帯1.JPG また、「終戦後の八月末には進駐軍向けの慰安施設(RAA)に指定され、まもなく黒人兵が出入りするようになった」とも記されています。
 立石RAA(特殊慰安施設協会、Recreation and Amusement Association)に関しては『国策慰安婦をめぐる占領下秘史――敗者の贈り物』(ドウス昌代著、講談社、絶版)にも書かれています。

 赤線跡地を訪ねると、くねくねとした細い道が続いていて、飲み屋や民家が並ぶちょっとした迷宮。当時の姿が偲ばれます。
 それにしても、こういう淫靡な空間って、東京では本当に少なくなったよなぁ。立石の赤線跡も、駅前再開発の対象になっていますから、このままいけば、数年以内には消えゆく運命にあります。




posted by 柳田由紀子 at 01:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 立石の赤線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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