2012年12月01日

立石のオールディーズがわかる「おおうら薬局」の壁面写真館

 近頃では行列のできる飲食店が並ぶ立石仲見世。でも、仲見世で賑やかなのは駅に近い半分で、小さな十字路を越えた辺りから徐々に人通りが減ります。「おおうら薬局」は、そんな一角にある薬屋さん。

おおうら薬局

 おおうら薬局の看板下には、オールディーズ、かつての立石のモノクロ写真が数十枚飾られています。戦中、集団疎開に出発する立石の児童たち、まだ澄んでいた頃の中川で釣りに興じる人々、木造平屋だった立石駅……。

雪の立石駅

 私が特に好きなのは「雪の立石駅」の写真です。とても文学的で、『綴方教室』が書かれた頃の駅かしらとか、この日、ホームを乗り降りした人たちはどんな一日を過ごしたのだろうなど、様々想像がかき立てられます。




 写真は外に掲げられているので、薬局が閉まっていても見られます。



おおうら薬局 
住所:〒124-0012 葛飾区立石1-17-11
電話:03-3695-6939


*なお、おおうら薬局とは関係ないのですが、立石のそば処「玄庵」ご主人、貝塚隆雄氏(昭和8年/立石生まれ)提供の写真を以下に掲載します。

友禅流し中川の風物詩
中川、戦後の風物詩、友禅流し。


中川 28年頃の中川
28年頃の中川。


理容所グランド
同じ頃の立石情景。






posted by 柳田由紀子 at 05:26| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | その他の店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本当に何年ぶりでしょう。ご無沙汰しています。

(本家のブログにコメントしようとしたのですが、認証がどうしてもうまくいかず、こちらに書きます。)

思いがけず、ゆっこのブログに行きあたり、あの地震の日に立石にいたことを知り、びっくりしました。私はあの日、7時間半かけて銀座の事務所から松戸の自宅まで歩いて帰ったのでした。

さて、「丁寧過ぎる日本語」のこと、そのとおりだと思いましたし、常々、違和感を抱いていたことでもありました。自分の意見として主張すると往々にして叩かれる…“モンスター天国”の日本が生んだ丁寧過ぎる日本語という現象。

私自身も物書きの端くれとして、「いたします」をきちんと使える人間にならなければと多大な自省を込めて。今度、日本に来るときにはお会いしたいなと思います。
Posted by 神原サリー こと 神原恭子 at 2011年04月22日 11:12
仲見世通りの奥へ行くとレトロ写真と薬局が。葛飾区と立石の昭和20年代から高度成長期迄の記録が。勿論ですが東京と半生農耕県が同じわけがありませんが。高度成長期の頃は日本中にこんな記憶がおやじ、おふくろ達に残って居るんだろうなと思いつつ。蒲鉾屋のオデンを詰めて貰い又、立ち喰い歩き。柳田さん、蒲鉾屋旨し!妻と二人でペロリ。
Posted by 満足した後は写真鑑賞、那須塩原の松じー at 2014年10月13日 03:33
上掲の神原様のブログの内容と比較して、何か私のは本能剥き出し。食べてばっかり。おじさん少し恥ずかしいなあ〜。仕方ないですね、旨い店ばかりなんだもの。
Posted by も一つ那須塩原の松じー at 2014年10月13日 03:45
松じーさま:本能むき出し、恥ずかしくないですよ。おいしいものは、みんな大好きなわけで。

 蒲鉾屋ってどこですか? 仲見世の中間あたりのお店? 

 ちなみに、昔、初めて立石に私を訪ねた世田谷の友だちは、おでんを食べながら歩いている立石人を見て心底驚いていました。それを見て、私は逆に、世田谷って住みにくい街なんだな、と思ったことでした。
Posted by 柳田由紀子 at 2014年10月14日 02:08
蒲鉾屋はそうです。仲見世の真ん中辺り。駅を背中にして左手です。
Posted by 酪農、農耕県と書き込みたかった松じー at 2014年10月16日 07:21
蒲鉾屋、はい、わかりました。酪農、農耕県の松じーさん、もうすっかり立石通ですね!
Posted by 柳田由紀子 at 2014年10月16日 07:36
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/197058203

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。