2013年07月01日

玩具の街、立石−−−渋江公園の「葛飾区セルロイド工業発祥記念碑」

 川本三郎氏の『郊外の文学誌 第10回 葛飾界隈』(月刊「新潮」2000年)の中に、「立石と四ツ木の中間にある『渋江公園』には、『セルロイド工業発祥之地』の碑がある」の文章を見つけました。はて? 渋江公園にそんなのあったっけ? 家族や隣人に尋ねたけれど、誰もが口を揃えて「はて?」。
 そこで、渋江公園を訪ねると、正面玄関ともいえるわかりやすい場所に確かにありましたーー「葛飾区セルロイド工業発祥記念碑」。昭和26年、戦後6年目に渋江公園が開園された、その翌年に有志が建てた碑と記されています。

セルロイド発祥の地.jpg

 記念碑の横には児童像も。「平和と希望を象つた記念児童群像」とありますが、ちょっと不気味な感じがしないでもありません。
セルロイド発祥の碑.jpg

 記念碑のそばには、葛飾区教育委員会による説明も添えられていました。それによると、
「わが国におけるセルロイド工業は、明治41年(1908)に 日本セルロイド人造絹糸と境セルロイドが設立されると共に本格的生産が始まりました。
 葛飾区のセルロイド工業はこれらを追って大正3年(1914)に創業されました。その中心となったのは、故千種稔氏がこの地に設立した『千種セルロイド工場』です。のちにこの地域はセルロイド工業の街として繁栄しますが、それはここから始まったと言ってよいでしょう。」




 セルロイドは合成樹脂の一種で、そもそも象牙の代用品として開発されました。その後、玩具にも使われるようになりましたが、初期のキューピー人形はその代表例。実際、千種セルロイド工場キューピー作りに力を入れ、欧米各国へ輸出していたそうです。
 大正時代の立石って、グローバルだったんですね。




 さらに、千種セルロイド工場を世界に羽ばたかせたのが第一次世界大戦(1914〜18年)でした。戦場となったヨーロッパのセルロイド・メーカーが軍需産業に転向を余儀なくされると、日本に注文が殺到。千種セルロイド工場も空前の活況を呈します。
 が、戦後はバブルが弾け、千種セルロイド工場は大正9年(1920年)に倒産。後に、同業他社と合併し「中央セルロイド工業株式会社」を設立するも、この会社もあえなく倒産しています。

 それから、かれこれ一世紀。今でも立石は、「玩具の街」の顔を持ち続けています。現在、「タカラトミー」の本社があるのも立石です。


□渋江公園
住所:〒124-0013 東京都葛飾区東立石3−3−1
電話: 03-3697-6677
アクセス: 立石駅より徒歩約8分

posted by 柳田由紀子 at 14:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 立石のその他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/368012513

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。