2013年07月03日

半村良の『葛飾物語』と『無邪気な季節』に見る、立石の「戦争」

 私は、二世兵士 激戦の記録−−日系アメリカ人の第二次世界大戦』(新潮新書、777円)という本を刊行しています。ふとした契機から書いた戦争に関する一冊ですが、そうすると、あの戦争の時、立石はどうなっていたのか? そんな疑問が激しく湧いてきました。
 それで読んだのが、『葛飾物語』半村良著、1998年)と『無邪気な季節』(石尾光之祐著、1988年、私家版30部)の2冊です。

  

 半村良(1933〜2002)も石尾光之祐も、ともに立石出身。半村良は、1975年に『雨やどり』で直木賞を受賞。代表作の『戦国自衛隊』他、SF、時代小説、人情噺など、多岐の分野にわたる著作を残しました。石尾光之祐は、古本業界の人です。




「本家もなければ分家もない。いわば故郷喪失者たち」(『葛飾物語』)

『葛飾物語』の舞台は、半村良自身が生まれ育った本田原町(現在の東立石4丁目)。三軒長屋に住む人々の、戦中から平成にかけての人間模様を描いています。登場人物は、江戸友禅の職人、軍需工場の社長、疎開する子どもたち、向島のやくざ者、戦後のインフレに追いつかず土地を手放す大家など。
『葛飾物語』に通底するのは、東京の場末、当時の新開地、葛飾(立石)に対する以下のような著者の解釈です。
「葛飾にいる知り合いに、太郎という名のつく者はめったにいない。……本家もなければ分家もない。いわば故郷喪失者たちなのだ。……だからこそ、……助け合い励まし合い、また慰めあって頑張っている。」
 こういった気質は、現在の立石にも流れています。少々『男はつらいよ』的世界。実際、私が幼い頃には、寅さんみたいに、忘れた頃にひょいと立石に帰ってくるおかしな大人たちがいました。
『葛飾物語』があくまで小説、フィクションなのに対し、石尾光之祐の『無邪気な季節』は私小説、というよりむしろ日記に近い作品です。
『無邪気な季節』の「私」は、小学校4年生の時、「東京府下南葛飾群(翌七年に東京市葛飾区に改名)の本田村に引っ越し」ました。そして、「本田尋常高等小学校」(現・本田小学校)附近の「長屋」に住み、父親は、「工場経営と併せて新聞販売店」を営みます。
 長じて「私」は、「昭和十四年」、「予科に入学」。『無邪気な季節』は、この学生時代から、戦争末期の入隊、戦後の復員を経て、戦争直後の日々を綴っています。

東京では珍しく戦災から逃れた立石

 戦中立石の一大特徴は、東京では珍しく戦災から逃れたということです。
『葛飾物語』の江戸友禅職人は、昭和20年3月10日の東京大空襲をこう振り返ります。
「明るくなって駅へ行って見たら、四ツ木のほうから線路の上を、ぞろぞろ、ぞろぞろ歩いて来やがる。焼けだされて、煤で真っ黒けな顔をした、幽霊みたいな連中がよ。」
 都心部の人々は、隅田川や荒川を超えて立石に避難して来たのです。
 被災しなかった立石では軍需工場が多忙を極め、産業戦士慰安所(参考記事→「戦中、北口にあった『産業戦士慰安所』」)も作られました。
「軍需」といっても製品はさまざまで、
「立石、四ッ木町にゴム屋は多い。が、このゴム会社だけが衛生部品を作っている。民間用に『ハート美人』などの類似品、軍隊用に『突撃』を送り出している。」(『無邪気な季節』
 コンドームが、日本に伝えられたのは明治末期。その直後に、立石では生産を開始したといいます。以上の文章から、立石にはコンドームの歴史が第二次大戦中も脈々と続いていたことがわかります。
 それにしても、「突撃」とは絶妙の命名ですね。
参考記事→


 戦前とは較べようがないとはいえ、戦争中も立石に食糧はそれなりに出まわっていたようです。
 中川の向こうの奥戸地区では、「泥鰌(どじょう。ルビ/柳田)を売る家があって、葱も泥鰌も葛飾産」。「牛蒡と葱と泥鰌くらいは、まだどうにでも」なるので、昭和18年の時点で、『葛飾物語』の長屋では、近所の者が集まって「泥鰌鍋」を囲みます。
 同じ長屋では、終戦の日にも奮発してすき焼を食べました。ただし、牛ではなくて「兔のすき焼」。
「奥戸のほうに……防寒用の耳当てを作る小さな工場……供給が途絶えたときのためと称して、兔をかなり大量に飼育していたのだ。」
 それでも、やはり戦争中であることに変わりはありません。立石の「路地の塀や羽目板のあちこちに、戦意高揚のためのポスターが貼ってあった」し、そこには「鬼畜米英、一億国民総武装、進め一億火の玉だ、大和一致、神州不滅」などの標語が書かれていました。
 それに、爆弾は落ちなかったとはいえ、立石の人々だって、「防空壕に逃げ込んだ回数は、空襲警報が発令されるたびだから、もう疲労困憊して戦意高揚どころではなくなっていたの」です(『葛飾物語』)。

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posted by 柳田由紀子 at 09:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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