2013年01月03日

『全開ガール』も呑んべ横丁

 ロサンゼルスの日系局が『全開ガール』を放送し始めました。錦戸亮が勤めている飲み屋、「呑んべ横丁」の一角にある設定になってますね。
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2012年12月04日

『間宮兄弟』のロケ地になった「立石駅通り商店街」

 映画『間宮兄弟』(監督・森田芳光、出演・佐々木蔵之助、塚地武雄、沢尻エリカ、中島みゆき他)にふんだんに登場した立石仲見世商店街立石駅通り商店街。仲見世に関しては他のページに記しました(目次参)。ここでは、駅通り商店街を紹介しましょう。



 京成立石駅には、改札がひとつしかありません。わかりやすくて、素敵です(笑)。その改札を出ると、目の前にふたつ出口が現れますが、左側が北口、右側が南口です。立石駅通り商店街は、名前の通り立石の駅前にあり、踏切を挟んで北口と南口を突っ切っているメインストリート。南口サイドは、仲見世商店街と平行しています。

立石駅前商店街2


 駅通り商店街にも、以前は仲見世同様、八百屋、果物屋、呉服屋、パン屋といった地元の店が軒を連ねていたものです。しかし、いつの頃からか、大手チェーンが出店するようになりました。今では、ゲオ、牛繁、京樽など、”全国区の店”が並んでいます。




『間宮兄弟』に話を戻します。映画には、駅通り商店街南口側にある喫茶店「ルミエール」や「ローソン立石1丁目店」、そして「小林薬局」が登場します。小林薬局の金看板、渋いですよね。 ついでにいうと、小林薬局のおじさんは、ちょっと東京乾電池時代の柄本明の風情を湛えた、かなりのキャラです。是非、映画に登場していただきたかったのに、残念です。

kobayashiyakkyokulow.jpg


 駅通り商店街は、踏切を越えて反対側の北口にも続いています。こちらには、葛飾区の職人芸を展示した「葛飾区伝統産業館」や、今や伝説もとなった鳥の唐揚げ屋の「鳥房」があります。京成立石駅を降りると、ぷ〜んと揚げ物の香ばしい香が漂ってきますが、この臭いの主なる発生源が鳥房。鳥房の話は、他のページで(目次参)




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キモは「立石仲見世商店街」

 立石をご存じない方のために、まずは地理的なことを。立石は、東京都の東のはずれ、荒川と江戸川に挟まれた葛飾区にあります。ちなみに、立石は、
「この地に『立石様』と称する奇石から起こった地名で、すでに室町時代の古文書にその地名が記載されています」
 と、葛飾区の公式サイトには書かれています。
 立石
の東を、南北に流れているのが「中川」。「立石様」も、「中川」のすぐそばに祀られています。
ミツワ.jpg

illustration/山崎まどか


 電車は、京成押上線のみが走っていて、駅名は「京成立石」京成押上線は、都営浅草線に乗り入れているので、新橋や東銀座から30分ほどで立石に来ることができます。大変ローカルな響きのある京成押上線ですが、実際には、成田空港(京成本線)や羽田空港(京急線)とも繋がっていてとても便利なんですよ。

立石仲見世


 さて、そんな立石には、葛飾区役所、税務署、保健所など区の主要な施設が揃っています。これらの施設があるのは北口です。
 でも、ホンモノの立石に触れたいなら、是非、南口を訪ねてください。南口には「仲見世商店街」があり、ここが立石キモです。



 仲見世商店街は、昭和20年、終戦後の混乱期に、自然発生的にできたいわば闇市でした。その闇市を、終戦の翌年に「立石マーケット商店会」と命名、そして、9年後の昭和29年には「立石仲見世」に改めました。現在の正式名は、立石仲見世商店街です。

 仲見世はアーケードになっていますが、それが出来たのが昭和35年。以来、基本的に建物の構造は変わっていません。だから、仲見世に一歩足を踏み入れれば「昭和30年代」を満喫することができるのです。
 昭和30年代生まれの私にとっては、幼い頃の懐かしい思い出がたくさんつまった場所であり、大好きなお店もたくさんあります。

→葛飾区公式サイト http://www.city.katsushika.lg.jp/index.html


追記:
『読売新聞』2014年12月17日号に興味深い記事があったので引用します。
「1954年に設立された『立石仲見世共盛会』の相談役で、『鈴屋食品』のご主人、長谷幸太郎さん(73)が昔を語った。「景気の良い頃は、飛行機から宣伝ビラをまいた。大混雑でスリが多く、金を抜き取った空っぽの財布がトイレにたくさん捨ててありました」。(「桐谷逸夫の一期一会」)








posted by 柳田由紀子 at 02:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 商店街 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月18日

終戦直後の娼婦が現れそうな「呑んべ横丁」

呑んべ横丁/しらかわ.JPG 

 京成立石駅の北口、線路沿いを駅から青戸寄りに2、3分歩くと、終戦直後の荒廃した日本が舞台の映画『肉体の門』の娼婦たちが、今にも登場しそうな路地が現れます。人がすれ違えば、それだけでいっぱいになってしまうほど狭い路地の両脇には、2階建ての飲み屋が連なっている(約300坪に長屋4棟)。アーケードではないので天井はありませんが、道幅が狭いので2階の軒がぶつかり合って、昼間でも、この路地に日が射すことはめったにありません。

呑んべ横丁 門.jpg
illustration/山崎まどか

 ちょっと新宿のゴールデン街に似ているような、いや、ゴールデン街より、もっとノワールに置き去りにされた感じ。ここが、立石の呑んべ横丁です。呑んべ横丁には、20軒ほどの飲み屋がありますが、建物同様、ママたちもかなり老朽化\(^o^)/しているので、開店休業の店も多い。




 呑んべ横丁は、昭和29年に作られました。現在は、カラオケバーや飲み屋が連なる呑んべ横丁ですが、当初は、「立石デパート」と呼ばれ、用品店やカバン屋、糸屋、それに寿司屋やお好み焼き屋が並ぶ一般の商店街だったといいます(開発建設は、雨ガッパ他の工場経営者、故徳田伊之助氏)。

呑んべ横丁/姫.JPG

 実際、私も子どもの頃、母に連れられて、「味福」という中華屋さんに行ったおぼえがあります。母は、この店の焼きそばが好きでした。つまり、母と子が行っても奇妙に映らない、健全な雰囲気がかつての呑んべ横丁にはあったのです。
 それが次第に、夜の濃度いっぱいの一郭になり(最盛期約40軒)、現在は地元の者でも、足を踏み入れるのを躊躇してしまう威圧感のある夜の街になりました。以前放映された「アド街ック天国 京成立石編」でも、立石にジムのある、ボクシングの内藤大助選手が、「僕だって怖くて入りにくい」と言っていました。

 ところで、立石駅再開発計画にしたがえば、呑んべ横丁も近い将来、取り壊されてしまうさだめにあります。

呑んべ横丁/あかかんばん.JPG

 ある日、私は、昼間のひっそりとした呑んべ横丁を歩いてみました。
「なくなっちゃうのかな……」
 いささか感傷的になって上を見上げると、戦後のガード下を彷彿させるコンクリート壁に、昭和三十年代風の書体で「アカカンバン」と書かれた赤くかすれた字が見えました。アカカンバンは、かつて立石駅通り商店街にあった呉服屋さんです。この店も、数年前に店じまいし、今では大手ビデオチェーンがその場所で営業しています。


→このブログには、他にも呑んべ横丁立石の赤線
戦中の産業戦士慰安所
戦後の占領軍用慰安所に関する記事があります。








posted by 柳田由紀子 at 23:18| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 商店街 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

「呑んべ横丁」、『黒部の太陽』(主演・香取慎吾)にも登場

 香取慎吾主演のテレビドラマ、『黒部の太陽』を見ていたら、「呑んべ横丁」が出てきました。戦後の雰囲気を色濃く残す(「色濃く」というより、「どぎつく」と表現した方がいいかも)「呑んべ横丁」ですから、ロケにはぴったりです。そういえば、以前、四国の友人を「呑んべ横丁」に連れて行ったところ、「なんだか、映画スタジオみたいだなあ」と唖然としていました。それにしても、香取慎吾も来たんですね、「呑んべ横丁」に。

呑んべ横丁/夜看板.jpg  


柳田由紀子の本/紫
posted by 柳田由紀子 at 13:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 商店街 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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